あまりにも意地悪な神様は、とても残酷すぎるので、せめてぼくは「猫になりたい」を歌った。

いつものように午前5時48分に目覚めた。


お蒲団から出て、

まずぼくがすることは、

日記に「午前5時48分起床」

と記すこと。


そんな、ほんの60秒間のあいだに

奇跡が生まれる。


iPhoneが鳴る。

LINEが届く。


滅多に連絡をくれない女の子。


いまぼくが世界でいちばん好きな女の子。


こちらからは連絡しない女の子。


好きすぎてたまらなくて、

大好きでこまってしまうけれど、

それを正直に本人に伝えたら、

困惑しながらも笑って受け入れてくれた女の子。


「グッドモーニング」というスタンプ。


驚いたし焦ったし慌てたし戸惑った。


ココロのなかは、いつだってパンパンだから。


アタマのなかも、ずっとずっとぐるぐるしてる。


話したいこと、たくさん。

云いたいこと、いっぱい。


トイレ掃除をして、

顔を洗って、

歯を磨き、

お弁当を作る。


朝刊に目を通しながら、

簡単な朝食を摂りつつ、

返事を書く、たくさん。

勢い余って、たくさん。


返信を待たずに、ぼくは部屋を出る。


職場で顔を合わせ、

いつものように「おはよう」と挨拶を交わす。


ちょっとふざけてみたけれど、

なんだか彼女のノリが違う。


これは万国共通ではなく、

それどころか、

世界じゅうで

彼女とぼくとの間でしか通用しない感覚なんだけれども。


ある一定の距離に近付いただけで、

彼女のキモチがわかる。


ちょっと云い過ぎかな。


彼女の感情の色が見える。


抽象的かな?


でも、ほんとうにそんな感じ。


優しい言葉を掛けて欲しいのか、

話し掛けて欲しくないのか。

そばにいて欲しいのか、

近付いてすら欲しくないのか。


それがわかるなんて云ったら、

大いなる独りよがりなんだけど。


そんなことすべてわかったうえで、

今朝のぼくは、すこし彼女の近くにいようと思った。


いつも明る元気な彼女が、

めずらしくうつむき加減で、

声を振り絞るようにして

ぼくに囁いた。


「猫が死んじゃったの」


彼女が猫を飼っていたことや、

かわいがっていたことは、

もちろん知っていた。


それに感化されて

「anan」やら「クロワッサン」の

にゃんこ特集号を買い、

読み終えると、彼女に渡していた。


今年なんて、

わざわざ映画館まで行って

お金を払い、

『猫なんて呼んでも来ない』まで観た。


かわいいなとは思う。

愛おしささえ感じる。


でもぼくは人間を筆頭に

動物が苦手だから、

ほんとうの愛情は理解できない。

そのことを彼女は知っている。


そして繰り返しになるけれど、

ぼくたちは余程のことがない限り、

お互いに連絡を取り合わないし、

それで済ませてきた。


もちろん、ぼくのキモチは済んでないけれどね。


そんな彼女が早朝にLINEを送ってきた。


職場でこっそり、ぼくに打ち明けてくれた。


しかもセカイは、なんて残酷なんだろう。


そのとき彼女が扱っていたのは、

猫のトイレ用の砂だった。


ふだんだったら、ぼくも含めた男性陣すらさえも、

「これ重いんだよね」と敬遠したがる商品。


だから彼女がそういった商品を扱うときには

「オレがやるから」と偽善者ぶっていたぼく。


パッケージには、

かわいい仔猫のイラスト。


それを見て彼女は

「思い出しちゃうよ」と云った。


たぶん泣いていた、はっきりと。


ただ、そういうところを

まわりに見せたくない性分だから

必死に堪えていた。

でも、ぼくにだけは見せてくれた。


たぶん何年か、

いや、数ヶ月後に思い出したとき、

ああすればよかったなんて

思うのかも知れない。


いわゆる

if

もしも

をぼくは信じない。


あのとき、

彼女の肩をそっと抱いていたら。


優しい言葉は掛けたつもり。


だから、お昼休みには

彼女にも笑顔が戻った。


まったく狙ったわけではないのに、

たまたまぼくのバッグには、

彼女の好きなフレーバーのお菓子が3つ入っていた。


ほんとうなら

「どれにする?」と選ばせるところだけれども、

今日は無条件にすべて渡した。


そうしたら、

「土曜日に持ってくる!」

と微笑んでくれた。


土曜日は、

彼女といちばん仲が良くて、

ぼくとも同世代だから話の合う女性が出勤するので、

何かと3人で盛り上がれるからたのしい。


彼女と出会い、

ひとめ惚れして、

ほんとうに好きになって、

まる一年以上が過ぎた。


自分でもどうかと思うけれど、

はじめて会ったときからずっと、

ひたすら「かわいいかわいい」

と云い続けている。


好きだと気付いてからは、

そのことも伝えている。


それでも彼女はぼくを避けずに

程よく相手をしてくれている。


じっさいには、

多少ギクシャクした時期もあったけれど、

いまは、それも乗り越え、

かなり良い関係が築けていると自負している。


たとえば昨日も今日も。


お互いの作業がリミットを越えそうなとき、

どちらからともなく声を掛け、

いや声を掛けずとも、

そっと手を差し伸べてノルマをこなした。


正直云って、

それを快く思っていないひとも多いらしい。


なんとなく、ぼくも感じて入るけれど

女性である彼女には伝わってきてしまうらしい。


たぶん彼女はつらい思いをしている。


それでもぼくに

「手伝ってもらって助かる」と云ってくれる。


はじめはぼくも、

それで調子に乗っていたけれど、

女性の多い職場でスタンドプレーは危険だと察したので、

さいきんは、それなりにうまくやっている。


今日なんかもね。


ほぼ最年少クラスの若い女の子。

それなりに仕事はできるけれど、

わがままで気分屋で、

扱いにくかったりもする。


でもなぜか、

そういう女の子のバイオリズムを察してしまうので、

今日は朝からその娘のフォローにまわったりして。


そうしたら、

あるタイミングで急に肩を抱かれて

いまにも唇が触れてしまうのではないかという距離で

耳打ちされて。


もちろん、その内容は書けないけれど。


女の子ってフクザツだな、と改めて思った。


気分屋?

だから猫なの?


そんなオチで終わらせたくはないのだけれど。


いったい自分が何を書きたかったのか、

さっぱりわからくなってしまったので、

そろそろ終わりにしよう。


博愛。

見返りもを求めない愛。

ただひたすらな片想い。

それが、いまのぼくのキモチ。

やっぱりバレてる。

昨日の定時後、共に作業をし、

さいきんでは飲みに行ったりもする、

29歳男子が近寄って来て訊いた。

「彼女と仲直りしたんですか?」


か、彼女って。


誤解なきよう。


そもそもぼくのボキャブラリーのなかに、

恋人やガールフレンドを指す呼び名として、

「彼女」というワードは存在しない。

飽くまでも英語で云う”she”としての代名詞でしかない。


だから彼が放った「彼女」が、

職場でいちばん仲が良い、

そして就業初日にひと目惚れした女の子のことであることは、

云うまでもなく、容易に理解した。


「親しく話しているじゃないですか」

自他共にドSキャラが定着している彼が不敵に笑う。


畳み掛けるように、

そばで聞いていた25歳男子も口を挟む。

「口を聞いてくれないって落ち込んでいたじゃないですか」

ふだんは大人しいのに根はパンクな彼が微笑む。


ここまでの経緯は、

改めて詳しく書こう。


ほんとうに大雑把にまとめておくと。


初対面でひと目惚れ、

というところから書いたら、

簡単にはまとまらなそうなので、

ここさいきんのことだけ。


自分で書くのは恥ずかしいのだけれど、

職場でぼくと彼女は、

同僚や社員、老若男女から

「仲が良いよね」と云われているんだと思う。


それが徐々に壁ができてきたと云うか、

距離が生まれてしまった。


具体的には、

毎朝「おはよう!」と声を掛けてくれなくなり、

こちらから「おはよう」と云っても、

「おはようございます」と素っ気ない。


次第に無言でスルーなんてことさえあった。


これは、いろいろな意味でショックだった。


ひとつは、半年くらいまえ、

他の女の子から同じような仕打ちを受けていたから。


そのとき相談をしたり、

アドヴァイスを受けていたのが、

まさに彼女だったから。


もうひとつは、彼女はそんな女の子ではないから。


挨拶はもとより、

誰にだって分け隔てなく

明るく元気に接してくれる娘だったから。


他人を無視したり、

冷たくあしらったりするようなひとじゃないから。

ようやく認知される!

さいきんほぼ週に一回、

多いときは週に二回通う、

近所のファミリーレストラン。


ホールを担当するパートさんに、

ひとり好みの女性がいる。


なるべく声を掛けるよう努力しているのだが、

なかなか顔を覚えていただけない。


今週は今日で2回め。

横断歩道を渡り、店のまえに着く。


彼女が外を向いて、

窓ガラスを吹いている。


当然すぐに気付くぼく。

目が合う、ふたり。


彼女の脳裏に宿ったものは?


「あ、お客様がご来店された」

「さいきんよくお見えになる方だわ」

「ワインをボトルで召し上がる方」

「カタカタと何かを書いておられる」

「よく読書をされているけれど、少女漫画が多いわ」


入店するまでの15秒くらいで、

勝手にぼくが妄想したことなので正解はない。


ドアを開ければ、当然のように

彼女が迎えてくれる。


だいたいいつもは窓際の席に座るのだが、

あいにく埋まっているか、片付けが済んでいない。


促されるまま、ほぼ中央の席に着く。

結果的にこれが功を奏した。


ハイボールと、ランチセットのハンバーグを注文。

そのとき彼女はぼくに訊いた。


「お料理はすぐにお持ちしてよろしいですか?」


この店のランチには、

スープバーとライス&カレーバーが付いていて、

オプションでサラダバーも付けられる。


食事は二の次で、

お酒を飲んで長居したいだけのぼくにとって、

ありがたいシステムであると同時に、

メインの料理は後回しでも構わない。


そこで、ここ何回か彼女に

「サラダバーなどを先にいただいて、メインはあとから出してしただくことは可能ですか?」などと、およそ画一的なファミレスチェーンのマニュアルからは逸脱した、迷惑この上ない要求を押し付けていた。


二回めに、そのお願いをしたとき、

はじめてしたときと同じ対応だった。


三回目に、またお願いをしたとき、

ややアレンジはされていたが、

やはり似たような対応だった。


マニュアルが存在するのか。

彼女のなかに、ぼく対策があるのか。


後者ならすこしうれしいが、

すくなくとも、

「いつものですね」というような

阿吽の呼吸風味のものは感じられなかった。


冷静に考えれば、

そりゃそうだと思う。


ファミレスチェーンで、

いちいち個人の注文になど応えてなどいられない。


わずかに期待するならば、

それは彼女の記憶に頼るしかない。


果たして今日、彼女はぼくに訊いた。


「お料理はすぐにお持ちしてよろしいですか?」


これはつまり、いつもぼくが

「料理はあとで」と頼んでいることを

承知したうえでの質問?


「はい」と応えたあと、ぼくは云った。


「いつも、すみません」


「いえ」と彼女は笑った。


たぶん彼女のなかに、

パートタイマーとしてのメモリーに、

ワインを飲みながら少女漫画を読む、

細かい注文が多い客の対策ができたのだ。


ただ、それだけなのに、

うれしくてぼくは、

こんなに長々と文章を書いている。


ほんとうは、この続きがあったのだけれど、

それは、また、あとで。